あついひ
最近、気付けば担任のことを考えていた、ということがよくある。
あの髪の毛マジで地毛なのかなとか指がやけに綺麗だなとかあの目がきらめくときなんて
本当にあんのか、とか。先生はいつPTAに訴えられても文句のひとつも言えないような言
動ばかりとっているどうしようもないダメ教師で、まともにホームルームを行った記憶が
ない。ホームルームどころか授業すらまともに行っているのか怪しい。他のクラスでもこ
のクラスでするのと同じように糖について語ったりしているんじゃなかろうか。うわぁ、
さいていだ。このクラスは変わり者ばかりだからまだ大丈夫だけど、他のクラスで糖につ
いて熱く語ったりしたらマジで変人扱いされる。そのうちこの学校も解雇されるに違いな
い。いや、今でも解雇されないのが不思議なくらいだ。まあ先生のことだからどっかの偉
い人の弱みでも握っているのかもしれないけれど。
「それはズバリ、恋、ですねィ」
「はっ?!何言ってんですか!」
ていうか人の思考勝手に読んでんじゃねぇ!
ぼんやりと、また担任のダメ教師について考え込んでしまっていた僕の思考をストップさ
せたのはサディスティック星の王子と名高い沖田さんだった。つくづく僕のクラスには普
通のひとが少ない。気を許せるといえば山崎さんくらいのもんだ。
S星の王子こと沖田さんは登校途中に買ったのか持参したのか知らないけれど、袋一杯の
駄菓子を胸に大事そうに抱えていた。
「可愛い後輩たちからの差し入れでさァ」
僕の視線に気付いたのか、沖田さんは僕が聞く前に答えた。そしてハイ、と30円のイカ
ソーメンを僕に手渡して僕の席の前の席に座った。あれ?この人何腰落ち着けちゃってん
の?
「さ、」
「さ、って何がですか」
「だから、新八くんの恋の悩みを」
「違います。恋について悩むなんて洒落た真似してません」
このひと一体何なんだとため息を吐きながら、さっきから机のうえに広げただけでまだ
真っ白の学級日誌を日付から順に埋めていく。今日もこの日誌に特記するようなことはな
かった。
いや、正確に表現すれば特記するようなことは山ほどあるのだけど、誰かがバズーカぶっ
放したせいで教室が半壊したとかまともに授業できなかったとか誰が誰のせいで病院に運
ばれたとか、そんなのばかりだ。誰の目に触れるか分からないものにそんなことは書けな
い。いや書きたくない。
「今日も日誌書かされてるんですかィ」
「誰も書かないから書いてるだけですよ」
沖田さんは僕の手元をじっと見ながらそんなもん今時真面目に書いてるのもあんただけで
さァ、と言い放った。そんなこと分かっている。他のクラスもみんな書いてるフリして真
面目に書いていないんだ。
でもやることはきっちりやらないと気が済まない性分のせいか、僕はここのところずっと
この日誌を付けている。他にも黒板消しを叩いて綺麗にしたり黒板の溝を雑巾で拭いた
り、学年便りを毎月新しいものに張り替えたり。雑用係みたいなもんだ。
「で、新八くんの恋の悩みについてですがねェ」
「だから違うって言ってんでしょう」
ぽきん。あ、シャーペンの芯折れた。僕はかちかちと気持ち良い音をたててシャーペンの
芯を出しながら考えた。
確かに先生のことをよく考えている。だからといってこれが恋だなんて有り得ない話だ。
僕が好きなのは生涯!お通ちゃんひとりで充分なのだ。
「確かにその人のことをよく考えてますよ、そりゃ認めます」
言いながら欠席者の欄に近藤勲、と書く。近藤さんは昨日僕の姉さんにプロポーズして張
り倒されたせいで一日入院と医者に言われたらしい。ちなみに近藤さんはケツ毛が濃いっ
て話で顎ヒゲ生やしてて無駄にデカくて高校生に見えない。けれど高校生だ。一応高校生
だ。僕と姉さんと同級生だ。高校生が高校生にプロポーズなんて思い余ったことしたもん
だ…と僕は入院の話を聞いた昨夜、人知れずため息を吐いていた。ほら見ろ、先生以外の
ひとのこともちゃんと考えてる。
「ほほう」
「でも別に考えたからってドキドキするわけでもないし、ときめくわけでもないし」
そうだ。別に先生のことを考えているからといってドキドキしないしモヤモヤしないしム
ラムラもしない。
それはイコール、恋ではないということになる。
「その人があまりにダメだから先行き心配で考えちゃうだけです」
「そーですかィ」
「そーです」
ちら、と上目で沖田さんを盗み見ると飴の棒をくわえたまんまで窓の外に視線を向けてい
た。そして僕の視線に気付いたのか、ふと僕の方を見る。僕も顔をあげて沖田さんと真っ
直ぐ向き合う。
ああ、こうして真正面から見るとやっぱり綺麗な顔してんなぁ…と意識の片隅で思った。
全体的に薄い色素と整った顔立ちは黙っていれば薄幸美少年に見える。髪の毛も瞳も真っ
黒で冴えない眼鏡の僕とは正反対のタイプだ。
「ぜってぇ、好きじゃぁないんですねィ?」
「当たり前ですっ」
少し意地になって声を荒げて言うと、沖田さんは音をたてて立ち上がってぼそりと小さな
声で呟いた。
「まァ、あいつの方はそうでもないみたいですがねィ」
「は?あいつ?」
あんた何か知ってんのか!と突っ込みたかったけど、座ったまま見上げた沖田さんの表情
はやけに真面目っぽくて僕はその言葉を飲み込んでしまった。放課後特有の喧騒はもう遠
くなっていて、3Zの教室の辺りはしんと静まり返っている。沖田さんはただじっと、僕の
方を見ていた。
「新八くん、」
意味深に呼びかけられて動けなくなる。シャーペンは気付かない間に僕の手をすり抜けて
いた。ころころ、机の上を何かが転がる感触がある。床に落ちると思ったけれど僕はそれ
を止めることすら出来なかった。沖田さんが、沖田さんの目が、射抜くようにして僕を
じっと見ていたから。
かちかちと時計が時を刻む音だけが響いている。それ以外は何もかもが遠くて、僕は沖田
さんから目が逸らせない。僕の意識が飲み込まれてしまうような気さえする。
「お、おきた、さ…」
何故か唐突にこの状況が怖くなってそう呼ぼうとしたら、カタンという音と共にシャーペ
ンが床に落ちて、僕はまるで催眠術が解けたように脱力した。もしかしたら本当に催眠術
にでもかかっていたのかもしれない。沖田さんならそれくらい習得してそうだ。そんな考
えを巡らせながらシャーペンを拾おうと手を伸ばすと、僕が拾うよりも早く沖田さんが
シャーペンを拾い、僕に手渡してくれた。そのとき目が合った沖田さんはいつもと何ら変
わりない、顔だけはひどく綺麗な沖田さんだった。
「じゃ、俺ァこれから近藤さんのお見舞いにでも行ってきまさァ」
「はい、じゃあ…また明日」
沖田さんは返事をする代わりに僕の方を見て、ふ、と腹黒そうな顔で微笑んだ。それは本
当の本当に、いつもの沖田さんで。沖田さんが僕を呼んでからシャーペンが落ちる瞬間ま
でのことが夢のように遠い出来事に感じられた。そしてほんの数秒の出来事であるはずな
のに、何時間もそうしていたように思えた。
「あ、新八くん」
「何ですか?」
「さっき言ったこと、嘘じゃありやせんね?」
さっき言ったことって何ですかと問う前に沖田さんは前の扉をがらがらがらといつも通り
乱暴に開けて出て行ってしまっていた。あの、真面目で真っ直ぐな沖田さんの表情が頭か
ら離れない。何があったわけでもなくただ真面目な顔でじっと見られていただけなのに、
僕の全身は風邪を引いたときのように熱を帯びていた。
沖田さんの声と沖田さんの表情と沖田さんの目ばかりが頭をぐるぐると巡る。当分、他の
ことは何も考えられそうになかった。
うひゃあっっvvvななななんと「
ハルシオン
」のゆうやさんから、大好きな「あついひ」を頂いちゃいましたっっ///
日記(というからくがき)にアップしたキモイしゃくれ沖新のかわりに頂いたのですが、つり合わないっっ!!全然まったくつり合いませんよー!!!
というか、本当にこんな素敵な物を頂いてしまっていいのでしょうか…?!!でももう二度と返しません…返しませんよっっ!!(メールでも言いました。笑)
ゆうやさんの小説はどれも素晴らしくて読みやすく大好きなのですが、中でもこの「あついひ」が好きで好きでたまらないのですvvv
ぶっちゃけますと、この続きもめちゃめちゃ気になるんですっ!!!私の妄想で我慢しよう…笑
ゆうやさん本当にありがとうございます!!